年別アーカイブ: 2009年

金属欠乏星スペクトルの徹底解析 -修論予告編-

【日時】10月21日(水) 10:30~12:00
【場所】国立天文台・三鷹 北研1階講義室
【タイトル】金属欠乏星スペクトルの徹底解析 -修論予告編-
【発表者(敬称略)】伊藤紘子 (総研大 M2・三鷹、指導教員 青木和光)
ビッグバン直後の宇宙には水素やヘリウムなどの軽元素しか存在しなかったが、その後生まれた星々によってさまざまな重元素が作られ、時間とともに重元素量が増えて現在のような宇宙が形成された。
この進化過程は「宇宙の化学進化」と呼ばれるが、特に宇宙初期でどのように進化が進んだのか、また、そのきっかけとなる宇宙の第一世代星がどのような星だったのかはまだ明らかにされていない。
このような問題にアプローチする手段として、我々は「金属欠乏星」の化学組成を調べて手がかりを得ようとしている。
金属欠乏星とはその名のとおり、太陽に比べて金属量(鉄の量を指標とする)が極端に少ない星である。まだ重元素が少なかった宇宙初期に誕生し、現在も大気中に宇宙初期の化学組成を保持していると考えられる。
我々はすばる望遠鏡の可視高分散分光器HDS を用いて、[Fe/H]=-3.7(鉄が太陽の5千分の一しかない)の9等星BD+44$^\circ$493を見出し、炭素過剰の原因として第一世代星の超新星爆発が最も有力であること、ベリリウム組成が非常に低いこと、などを明らかにした。(Ito et al. 2009, ApJL, 698, L37)
今後、この星のスペクトルのさらに徹底した解析を行い、修士論文にまとめる予定である。今回のコロキウムでは、その予告編として、これから取り組む課題について説明する。

原始星形成過程の輻射磁気流体シミュレーション

【日時】10月14日(水) 10:30~12:00
【場所】国立天文台・三鷹 北研1階講義室
【タイトル】原始星形成過程の輻射磁気流体シミュレーション
【発表者(敬称略)】富田 賢吾 (総研大 D1・三鷹、指導教員 富阪 幸治)
星形成過程はALMAなどの次世代の大型観測計画の重要なターゲットの一つであり、観測と比較できるような精密なモデルの構築が強く要請されている分野である。星形成は非常に大きなスケールの変化を伴う過程であり、また重力・磁場・輻射などの物理過程が複雑に絡み合う現象である。この問題に取り組むため我々は多重格子、自己重力、MHD、そして新たに開発した流束制限拡散近似に基づく輻射輸送計算を取り入れたシミュレーションコードにより研究を進めている。
本発表では輻射磁気流体シミュレーションによる原始星形成過程の初期段階であるファーストコアの形成・進化計算の結果について報告する。輻射流体計算によりこれまでのバロトロピック近似によるシミュレーションよりも現実的にガスの熱的進化を取り扱うことができる。これまでで、典型的な回転と磁場を持つ分子雲コアを初期条件として、中心温度が1500K、磁場によって加速されたアウトフローがおよそ100AUに達するまで計算を進めることができた。バロトロピック近似による計算結果と比べると、ファーストコアやアウトフローの進化について定性的に大きな影響はないものの、コアの寿命やサイズなどに定量的な差異が現れることがわかった。特に (1)ファーストコアの外層は衝撃波と輻射による加熱の結果高エントロピーになる (2)ファーストコア円盤の中心面付近のエントロピーは初期の回転と角運動量輸送効率に依存し、回転の効果が強いほど低エントロピーになる という違いを見出した。前者はファーストコアの熱放射或いは分子輝線による観測的性質を予測したり、原始星形成過程における化学進化を調べたりする際に重要となる。一方後者は、原始星形成過程における分裂・連星系形成確率に影響を与える可能性がある。

Kinematics and Environments of starburst ring in NGC1097

【日時】10月7日(水) 10:30~12:00
【場所】国立天文台・三鷹 北研1階講義室
【タイトル】Kinematics and Environments of starburst ring in NGC1097
【発表者(敬称略)】大井 渚 (総研大 D1・三鷹、指導教員 今西昌俊)
近年の研究から、大多数の銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在することがわかってきているが、その中のわずかな銀河は活動銀河核(AGN)を含んでいる。
AGNは宇宙空間において最も活動的な天体の一つであり、そのエネルギー源は、中心にある大質量の超巨大ブラックホールによる重力解放エネルギーであると考えられている。
しかし何故AGNを持つものと持たないものが存在するのか、またAGNから放射される膨大なるエネルギーをまかなう程の膨大なガスやダストを超巨大ブラックホールに効率的に落とし込むメカニズムについては未だ未解決問題として残されている。
NGC1097は近傍セイファート銀河(中心にAGNを持つ、近傍銀河で最も数の多い種族)の一つであり(14.5Mpc)、広輝線が観測されることから、Seyfert 1と分類されている。
その中心領域1kpcには、ガスやダストで形成されたring状の構造(starburst ring)が存在することが知られている。
また中心領域には高密度のガス($n_{H_2}>10^4{\rm cm}^{-2}$)が存在していることが、HCN(J=1-0), CO(J=1-0), CO(J=2-1)などの輝線による研究からわかってきた。
これほどの高密度ガスは、これまでSeyfert 2銀河でしか観測されておらず、AGNを取り巻くガス/ダストのドーナツ状の構造(トーラス)を高傾斜角から見込んでいる為だと考えられていたが、NGC1097はSeyfert 1銀河で初めて高密度ガスが見つかった天体である。
それ故、circumnuclear torusの候補と考えられるNGC1097のstarburst ringを調べることによって、AGNの燃料となるガスやダストの運動の状態やその環境を理解することができると考える。
そこで我々はハワイ島マウナケア山頂にあるSubmillimeter Array (SMA)によるCO(J=3-2)輝線の高空間分解能のデータを用いて、このstarburst ring内のガスの運動を調べ、また先行研究のCO(J=1-0), CO(J=2-1)のデータと比較することで、starburst ringの物理的状態を調べた。
本研究は7/1 – 8/31の期間に台湾の中央研究院(ASIAA)で行われたsummer student program内で行った。
本発表では、NGC1097のCO(J=3-2)の結果を報告すると共に、本プログラムの紹介も行う。

太陽観測衛星「ひので」データの局所的日震学解析

【日時】9月2日(水) 10:30~12:00
【場所】国立天文台・三鷹 北研1階講義室
【タイトル】太陽観測衛星「ひので」データの局所的日震学解析
【発表者(敬称略)】長島 薫(総研大 D3・三鷹、指導教員 関井 隆
これまでの約2年半の博士課程での研究では、太陽表面振動の観測に基づいて太陽の内部構造を探る研究手法「日震学 (helioseismology) 」による太陽データ解析に取り組んできた。
その日震学の中でも特に注目してきたのは、黒点など太陽面上の特定の領域のローカルな表面下構造を探るのに適した手法「局所的日震学 (local helioseismology)」である。
この手法は、表面上の特定の二点間を波がどう伝わるか、例えば波の伝播距離と伝播時間の関係をもとに、その波の通った領域の物理的状態を探る方法である。
1960年代の「五分振動」の発見に端を発する、いわゆる「グローバルな」日震学は、太陽の固有振動の解析から太陽の大局的な内部構造(音速分布や自転角速度分布など)を調べるのに威力を発揮し、現在までの進展で太陽の内部構造モデルは非常に精密なものとなってきた。
これに対して、局所的日震学は1990年代以降に発展してきた比較的新しい分野である。
このため、実際に黒点の表面下構造を描き出すといった成果は出ているが、手法として確立してはいない部分があることも事実である。
今回のコロキウムでは、博士課程におけるこれまでの自身の日震学研究を簡単に振り返りながら、局所的日震学の問題点を議論し、局所的日震学の方法を「つめる」ために取り組んできた試み、たとえば振動シグナルの相互相関関数の統計的モデリング等について紹介したい。

低光度AGN M 87の電波コア位置周波数依存性の検証

【日時】7月15日(水) 10:30~12:00
【場所】国立天文台・三鷹 北研1階講義室
【タイトル】低光度AGN M 87の電波コア位置周波数依存性の検証
【発表者(敬称略)】秦 和弘 (総研大 D1・三鷹、指導教員 川口則幸)
活動銀河核(AGN)は宇宙で最も激しい活動性を示す天体であり、その活動性の中心的役割を担っているのがブラックホール極近傍に形成される降着円盤である。
降着円盤はコンパクトな空間スケールゆえ未だ直接撮像には至っていないが、AGNの重力エネルギー駆動という根本的描像の実証、そしてジェット生成機構、角運動量輸送機構などの解明にとって直接撮像の意義は極めて大きい。
VSOP-2やサブミリ波VLBIといった次世代のVLBI技術では40マイクロ秒角という圧倒的な空間分解能を武器に降着円盤の直接撮像を目指す。
VSOP-2における円盤撮像ターゲットは低光度AGNと呼ばれる種族である。
低光度AGNは質量降着率が低いために円盤が光学的に薄く、幾何学的に厚い高温降着流(Radiatively-inefficient accretion flow; RIAF)状態になっていると考えられており、VLBIで検出可能な輝度温度の電波コアを持つ。更に近傍宇宙に数多く存在するためシュバルツシルト半径直近まで空間分解可能であり、まさに円盤撮像にとっては理想的な天体である。
しかしながら、観測される電波コアはRIAF成分とジェット成分の混合であることに注意する必要があり、ジェットからの寄与はRIAF成分を検出する上で大きな障壁となる可能性がある。
低光度AGNの電波コアがRIAF/ジェットのどちらに支配されているのか、この問題は長らく議論が続いているが、空間分解能以下のスケールで放射モデルが縮退しているために未だ決着していない。
そこで今回、電波コアの起源を特定するための1つの可能性としてコアシフトに注目した。
コアシフトとは、電波コアの位置が周波数によって変化する現象であり、指向性を持ったシンクロトロン放射源の光学的厚さが空間変化することによっておこると考えられている。すなわち、もし電波コアが指向性のあるジェット支配型ならばコアシフトは起こり、球対称に近い放射形状を持つRIAF支配型ならばコアシフトは起こらないはずである。
現在VLBAアーカイブデータを用いて試験的に近傍低光度AGN M87のコアシフトの有無を調べており、本講演ではその進捗状況について報告する。